Podcast Episodes
Back to SearchEP.220「@若狭・小浜 - 其ノ二、あのーあのにいってきましたー」
小浜市の阿納という場所は漁師町ですが、夏は海水浴に訪れる人も多く、漁師さんの多くが民宿も経営しています。コロナ禍で安納の大きな民宿が廃業してしまいましたが、元農林水産省に務めており、小浜を気に入って移住した、とある人物が地元の人々と力を合わせてその民宿を復活させました・・・。
2 years, 4 months ago
EP.219「@若狭・小浜 - 其ノ一、なんとふくざつ なんとしんえん」
若狭、そして福井県というところは地理的に大変複雑な場所。県内を二つの文化圏に分けることができます。福井市などのある嶺北地域は文化や言葉が北陸からの影響が強いのに対し、若狭や小浜、そして敦賀がある嶺南地域は関西からの影響が強いのです。その為か、若狭などは明治維新以降暫くは滋賀県でした・・・。
2 years, 4 months ago
EP.218「@敦賀 - 其ノ四、風の街で春をいただきます!」
「美味しさを追求したあとの美味しさ」余計なものを削ぎ落として、心を春で満たしてくれる、そんなお料理と出会いました。敦賀の住宅街にある創業118年の「かどの」さんという料亭です。数寄屋造りの素敵な構えで飾ってある品々も素晴らしく、それを一眼見るためだけにお店に行っても良いくらい。しかし、なんと言って…
2 years, 5 months ago
EP.217「@敦賀 - 其ノ三、コンブワサビ ポリポリしながら 越の細道」
福井県の敦賀市は1689年3月に江戸・深川から旅に出た松尾芭蕉が、同年8月に杖を置いた、すなわち「奥の細道」の終着の地でもあります。この地で芭蕉は「月清し・遊行の持てる・砂の上」という俳句を詠んでいますが、これは「奥の細道」の最後の句でもあります。
2 years, 5 months ago
EP.216「@敦賀 - 其ノ二、削ります!シューシューシュー」
北陸新幹線が開通したことでアクセスが良くなり、観光客が増加している敦賀。敦賀といえば「おぼろ昆布」「トロロ昆布」でも知られています。その中でも最上級と言われている「竹紙昆布」は50年の技を持つ職人さんでしか削り出せないとか。その技術を持つ人は現在、敦賀に2名しかいないそうです・・・。
2 years, 5 months ago
EP.215「@敦賀 - 其ノ一、ビューン敦賀までまっしぐら!」
ついに北陸新幹線が敦賀まで延伸されました。しかし、今から112年も前の明治45年には既に新橋から敦賀港までの直通列車の運行が開始されているのです。当時のルートは現在の北陸新幹線とは異なり、滋賀県の米原経由でした。実はこの頃、東京より敦賀までの列車を開通させるのは、国運を問う重大な事業だったのです・…
2 years, 5 months ago
EP.214「@板橋 - 其ノ四、加賀から氷とどきます」
板橋区には「加賀」という町名がありますが、これはその名の通り、江戸時代に加賀藩の下屋敷があった場所。そして加賀藩が敢えてこの板橋というロケーションに下屋敷を建てたのには、実は大きな理由があったのです・・・。
2 years, 5 months ago
EP.213「@板橋 - 其ノ三、田遊び板橋」
板橋では関東圏では唯一、田楽系の芸能で重要無形民俗文化財に指定されている「板橋の田遊び」という民俗行事が行われています。丁度旧暦のお正月にあたる時期に行われるこのお祭りは、その年の五穀豊穣を願うものですが、それはかつて水田が沢山あった頃の板橋の名残と言えるでしょう。
2 years, 5 months ago
EP.212「@板橋 - 其ノ二、復活・板橋宿の夏大根!」
東京の大根といえば「練馬大根」が有名ですが、実は板橋にもかつて「志村夏大根 /
清水夏大根」と呼ばれる名物の大根がありました。しかし病気に弱かったりしたこともあって、ある頃より全く栽培されなくなり、人々から忘れ去られていました。ところが、2010年代に入って、その存在を知った板橋で畑を営む人々は、な…
2 years, 5 months ago
EP.211「@板橋 - 其ノ一、富士講みんなせんべいたべよーぜー」
江戸時代、板橋は「板橋宿」と呼ばれる宿場町で、日本橋から中山道を旅する人達が最初に泊まる宿坊街でした。また、この板橋宿の宿泊客の中には、富士山に登れば生まれ変わる事が出来ると信じて、ここから富士山に登る、所謂「富士講」を行う人々もいたのです・・・。
2 years, 5 months ago