Episode Details

Back to Episodes

382.「うまくいかなかったこと」に隠されたギフト

Published 11 months ago
Description

思い通りにいかなかった出来事の中にも、実は大切な気づきや成長のヒントが隠れているかも
「うまくいかなかったこと」こそが、後から振り返れば大きなギフトだったと気づくかもしれません。

 

感想、ご質問はこちらにお願いします!
https://forms.gle/HhW7cXuA345QYmDZ7
YouTube:
https://www.youtube.com/c/kokoro-me
Web:
https://m-e-science.com

==================
◆文字起こしはこちら↓

 
三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの

吉村:吉村竜児です。

三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。

吉村:よろしくお願いします。

三上:今日のテーマ、私も氣になっています。テーマからまずお伝えしたいと思います。「うまくいかなかったことに隠されたギフト」をテーマにお届けしていきたいと思うんですけど。

吉村:はい。

三上:こんなはずじゃなかったなって、私も最近あったので。

吉村:うーん、なるほどですね。

三上:こういうつもりのプランじゃなかったけどなみたいな。アレレレ?みたいな感じなことがあって、ちょっと落ちた時期があったんですけど。うまくいかなかった裏に隠されたギフトという、これはどういったテーマの内容になりますか?吉村さん。

吉村:自分で何かを選んだ時にそれがうまくいったかいかなかったかっていうのは、実際その時点での評価って話じゃないですか。

三上:うんうんうん。

吉村:あと何をもってうまくいった、うまくいかなかったかって評価してるかっていうところもあるから、例えば一つの面ではうまくいかなかったけど何か別の面では実はそこで大事なことを学べてたとか、何か経験を積めてたっていうこともあるわけですよね。

三上:そうですね。

吉村:だから出来事自体の良し悪しって一つの側面だけで測りきれないっていうところがあるっていうのがまず一つの見方なんですけど。とは言えその判断をしたことによってすごく時間を浪費してしまったとか収入が下がってしまったとか、

自分の自由度が減ってしまったとかっていうことがあると、ある意味実害が出てるっていう話でもあるんで、それに関して何かうまくいかなかったなって思ってしまうっていうのはある意味仕方ないことかなとは思うんですよ。

三上:うん。

吉村:それに対してその時点での評価っていうことではあるんですけど、結構それでその時はしょうがないなって、勉強させてもらったっていうふうに自分を納得させて次に進もうみたいなことを多くの人はしてると思うんですよね。

三上:うん。

吉村:それができないといつまでもモヤモヤし続けて、あのときああしとけばよかったみたいな感じになるんですけど、それが実際はすごく無駄なことというかより害が多いことになってしまうんですよね。

っていうのが結構、あの時ああしとけばよかったって何度も思ってると、それがパターン化して自分の中にあの時ああしとけばよかったを反すうする回路みたいなのができてしまうんですよ。

三上:確かに。

吉村:これがいわゆるブロックなわけですよね。それが後々になっても、結局そこであの時ああしとけばよかったっていう処理に自分の処理能力の一部がいつも取られてるっていう状態になってしまうから、

今のことに集中したいのに処理能力の一部が取られちゃってるから、リソースが足りないみたいなことになってしまうわけですよ。

なのでそこはそういうことが起きたらクリアリングしていくっていうことで対応していくことは可能なんですけど、そもそもそういう回路を作らない生き方ができたほうが後々になって問題が起きてからブロック探してクリアリングするっていうその時間も短縮できちゃうわけですよね。

三上:そうですね、確かに。

吉村:だからそのときには、ちょっと損しちゃったけど授業料としてここで何か学びが得られたんだろうみたいなね。結局そのときにどういう基準で判断したからうまくいかなかったんだろうかとか、

何がうまくいかなかった原因になったかっていうのを分析していくことが大事なんですけど、ここでも結構多くの人が陥ってしまいがちな落とし穴がなぜダメだったんだろうって考え方をしがちなんですよ。

三上:なぜ?うん。

吉村:何で?どうして?って考えると、実際に何があったかとか何が要因になったかっていうことよりも、何が悪かったかっていう発想で考えがちになるんですね。ってことは何か悪いものを見つけてそれを悪者にすることで自分を納得させるっていうロジックになりがちなんですよ。

三上:そうですね、方向性が。

吉村:これもまたブロックになっちゃうんですよ。

三上:そうですね。

吉村:例えばつまづいて転んでしまいましたと。何がつまづいて転んだ原因になったんだろうって考えたときに、ここに物があったのに氣がつかなくて引っかかってしまったんだなっていうこと。

そしたら物がそこになかったらつまづかなかったっていうのが一つ考えられることと、あとは足がもうちょっと上がってたらつまづかなかったっていうことと両方あるじゃないですか。

三上:うん。

吉村:その場合歩く動線に余計なものが落ちてないようにちゃんと整理整頓しておくっていう対処法と、あとはちょっとした段差とかでもよくつまづくみたいなことが起きてるんだとしたら、それってちょっと体力落ちてるのかなとか、

だったらちょっと足を上げる筋トレした方がいいのかなとかそういう話になってくるんですよね。別に何かが悪いとかじゃなくて、つまづいて転んだっていう現象があるからつまづいて転ばないようにするためには何をしたらいいだろうかっていうことをやってるだけなんですよ。

動線に物があるとつまづく可能性が高まるなとか、筋力が落ちて足があんまり上がってないとつまづく可能性があるなって、じゃあここを対処してまず動線片付けて余計なものがない状態にしておこう。

そしてちょっとした段差で転んだりするといけないから、ちょっと体力つけたり筋力つけたりっていうことをやっておこうみたいなことをするのは、そういうことをやれば転びにくくなるわけですね。

それでも転んじゃうかもしれないけど、そのときはまたじゃあ何で転んだんだろうっていうことをやればいいわけで、そのときに何か物につまづいたっていうときに結構多くの人が陥ってしまうのが、危ないじゃない、誰がここにこんなの置いたのよみたいな感じになったりとかね。

三上:うん。

吉村:ここにこの物があったのが悪いんだみたいなね。そうするとその物がここにあったのが悪いとか、ここに物を置いたあの人が悪いっていうふうにしちゃうと抽象度がすごく下がってしまうわけですよね。

このことだけこれが悪いんだっていうことになっちゃって、もう少し高い抽象度でとらえたら動線がクリアになっていることと、ちゃんと足が上がるっていうことっていう対処ができるんだけど、

抽象度が下がってしまうと今ここのこれが悪いのであると。だからこれが悪いことを糾弾すると言うか非難して、それでとりあえずここに物を置いておいた人が「ごめんなさい。」って言って片付けてくれましたってなったら、本当に氣をつけてよみたいな感じで解決みたいになるわけですよ。

でもそうすると動線に物がないことが大事っていうことじゃなくて、今ここのこれを置いたこの人が悪いからこの人を謝らせることが大事みたいなね。この人が謝ったらしょうがないわみたいな感じで話を終わらせるみたいなところで、実際の解決になってないわけですよね。

三上:そうですね。また同じことがきたら同じですもんね。

吉村:そうですね。だから何が問題なのかっていうことを考えるときに、何が悪いかとか誰が悪いかって考えちゃうと抽象度が下がってしまうために、また似たような場面で同じような問題が起きたときの対処ができないし、

実際の本当の問題の本質が分かってないから、次にまた似たようなことが起きにくいように予防策を立てていくっていうことができなくなっちゃうんですね。

だからまずは良い悪いっていうのをジャッジの目で見るのを一旦止めて、どうしたらこれが解決するだろうとかどうしたらこのことがまた起きないようになるかっていうこと

Listen Now

Love PodBriefly?

If you like Podbriefly.com, please consider donating to support the ongoing development.

Support Us