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Back to Episodes366.社会人とは
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新社会人の皆様おめでとう御座います!
今回は吉村さんのストーリーも交えながら社会人としての考えを話して下さいました。
感想、ご質問はこちらにお願いします!
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三上:皆さん、こんにちは。こころメンテナンス、本日もアシスタント三上恵と、氣功ヒーラーの
吉村:吉村竜児です。
三上:吉村さん、本日もよろしくお願いします。
吉村:よろしくお願いします。
三上:さあ、4月1日スタートということで、すごいスタートがいいなって思うんですが。今日はですね、これから新生活、社会人、新社会人とか色んな方がスタートされて向かっていくと思うんですけど、
4月にかけて「社会人とは?」ということを吉村さんに質問させていただきたいと思います。吉村さんが思う社会人って、どんなイメージを持たれてますか?
吉村:そうですね、僕はなかなか社会人になってからしばらく社会人としての自覚があまりなくて、若い頃を振り返ってみると、本当にろくでもないやつだったなと思うところが結構あるんですけど。今、何となく思うのは。
三上:吉村さんが社会人になったのっていつなんですか?スタートしたの。
吉村:僕はアメリカに15歳の時に留学して高校と大学はアメリカで行ってたんですけど、途中で鬱になったりとかして大学の卒業がすごく遅れちゃったりしたんで、年齢で言うと確か26歳でようやく大学を卒業してるんですよね。
それで日本に帰ってきてるんで、社会人になったのは僕の年齢で言うと26歳で、1996年に初めて社会人になったわけですよ。
三上:うん。
吉村:それは日本に帰ってきて、僕は本当はアルバイトしながら劇団に入ろうって思っていたんですけど、うちのばあちゃんが「そんなのは絶対許さん、就職を何としてでもしろ。」と言うので。
僕のばあちゃんって本当に何か言い出すとすごくしつこくて、本当に毎日同じことを言うみたいなことを平氣でするんで、結構僕も根負けしちゃって分かった分かったみたいな感じで。
三上:うんうん。
吉村:就職活動の仕方とかもよく分かってなかったから、結局周りの知り合いとかに相談したら、うちの親戚がやってる印刷会社で英語がわかってパソコン使えるような人を探してたから紹介してやるよって言われて、結構小さい印刷会社に入ったっていうのが僕の社会人初体験だったわけですよ。
三上:印刷会社から社会人がスタートしたと。
吉村:そうですね。だからその時の僕の状態を定義の一つとして考えるのならば、学生の状態ではなくて自分で働いてお金を稼いでる状態っていう感じですかね。
親の仕送りとかで暮らしてた状態から自分で給料もらって稼ぐようになって、その時はまだ実家で暮らしてたから自分の家賃とかも払ってないし、家にちょっと食費で少しお金入れるぐらいであとは基本的には稼いでお金は自分でゲーム買って遊んだりとかっていう使い方をしちゃってたんですけど。
何にしても働いてお金を稼いで、それを何かに使ってっていう経済活動の一端を担うみたいなことをしてる状態が、社会人の定義としては一つあるんじゃないかなと僕は思ってますね。
三上:なるほどですね。社会人になって改めて感じたこととか今振り返ってですけど、だいぶん昔のことだと思うんですけど。
吉村:そうですね。だから当時としては僕は本当に社会人の自覚がなく、何となくぬるっと社会人になっちゃってたみたいな感じだったんですよ。
三上:うん。
吉村:自覚なく社会人をやってるっていうことは、それだけ本来のポテンシャルとかパフォーマンスはあまり発揮できてなかったですよね、今振り返ってみると。
それは分かってないからちゃんとしたやり方がわからないっていうことなんで、例えばスポーツ競技をルールをよくわからずにやってるみたいな状態ですよね。
三上:うん、なるほど。
吉村:なので結構僕はだいぶん経ってから実際会社員をしばらくやってたんですけど、その後会社員を辞めて俳優養成所に入ってアルバイトしながら俳優養成所の研究生みたいな状態がしばらく続いてたわけですよ。3年間通ったのかな。
だからその間は言ってみたらちょっと微妙。俳優養成所に通うお金をもし僕が自分でアルバイトで全部支払って賄ってたなら、それは社会人と言えなくもないんじゃないかと思うんですけど、実際僕は親の遺産ですよね。
当時はばあちゃんが亡くなったんでその遺産を僕と母で半々に分けたわけですけど、そのお金を使って俳優養成所に通ってたから、そういう意味では若干ちゃんとした社会人とは言えない状態にまた戻っちゃったわけですよね。
三上:うん。
吉村:でも一応アルバイトはしてたけど、結局母と一緒に実家暮らしで家に帰ってくれば食事も出てくるから、ほぼほぼ稼いだお金はその時は色々と自己投資みたいなことに使ってたんですけど。俳優として食べていけるようになるためにみたいなことを考えてやったんですけど、
実際じゃあ俳優養成所卒業しましたってなったときに、芸能界でやっていくためには芸能事務所をどこかに入らないといけないっていうのがあるわけですけど、僕の場合は芸能事務所を紹介してもらったりとかも特になかったんですよね、俳優養成所のほうから。
三上:うん。
吉村:結構そのまま放り出されてしまったっていうか、一応そこの所属にならなくても俳優養成所を運営していた会社の周りで活動を続けていたら、そこからのちょっとした細かいお仕事とかにうまいことあやかるみたいなことはできてたかもしれないとは思うんですよ。僕の周りの同期の人たちとかっていうのは結構そういうやり方をしてた人も多かったんで。
でも僕はそのときはインプロっていう即興劇にすごくハマってたんで、これを世の中に流行らせることで一緒に僕が世に出ていけるのではないかというふうに考えて、それでインプロの劇団を立ち上げてしばらくアルバイトしながらインプロの活動をしてたんですよね。
普通の台本があるお芝居と違って、インプロは台本なしでお客さんからお題をもらってすぐその場で演じ始めるっていうタイプのものなんで、ちゃんとした劇場でやらなくても言ってみたらストリートパフォーマンスとかでもやろうと思えばできちゃうっていう、そういうタイプの出し物なんですよ。
三上:うん。
吉村:だから結構そういうちょっと、俳優っていうよりは芸人とかパフォーマーみたいな感じの意識でやってたところはあるんですよね。結局それも3年半ぐらいやっていて、色々と細かいチャンスみたいなものは色々とあったはあったんですけど。
あまりそこからそれがものにならなかったっていうのかな、次の仕事にあんまりつながらないみたいなことが多くて、そうこうしてる間に僕の母の病状がどんどん悪化していって、僕の中ではこれをこのまま続けていくのはどうなんだろうみたいな感じにだんだんなり始めたんで、
結局何度かお話はしてますけど、母が亡くなったことがきっかけでちょっと僕自身方向転換をして心の癒しの仕事っていうところで、一旦お芝居の活動から離れるっていう決断をしたわけですけど。
三上:うんうん。
吉村:実際、心理学の勉強とかそれからヒーリングエネルギーワークの勉強とかってやり始めたら、結構すぐに口コミで広がってお金をいただいて個人セッションができる状態になっていったんですよね。だからそれで生活はできるようになったっていうところで、ここでまたもう一度本格的に社会人になったわけですよ。
三上:うんうん。
吉村:ちゃんと自分で稼いで生活して納税してみたいなことをやるようになったんですけど、その時もあんまりちゃんとこれで自分は社会人になったぞみたいな自覚はあんまりなかったんですけど、でも自分で稼いで食べていけるようになったぞ、よかったみたいな感覚ではあったんですよね。
ただその時にも、しばらくの間は僕は結構小さい頃からやっぱり親からの刷り込みとか周りの世の中の一般的な刷り込みみたいなことで、お金とか商売に対してすごく悪いイメージを無意識に持っていたんですよ。商売人はちょっとずるい人たちが多くてお金を稼ぐことっていうのはちょっと卑しいことみた